ニュージーランド人の温かさ

2017.10.08

この数日、寒さがぶり返したせいで蜂たちは急に活性が落ち、夕方には巣箱内に全員引き揚げてしまい、巣門(出入り口)は寂しくなってしまう。昨日からはうって変わり、日が落ちても巣門は賑やかで出入りが激しい。赤道方面から気団が来たのである。娘たちが植えた球根からチューリップが咲き出し、拙宅の藤の花が咲き始めた。実生(みしょう)で育てて5年目になるマカダミアンナッツが30本ほど有るが、常緑樹ながらも春の訪れとともに柔らかできれいな葉をいっぱいつけ始めた。ヒヨドリ・ウズラ・首に白いボンボンがあるTui(英名:トゥイ、和名:エリマキミツスイ)と呼ばれる愛嬌ある鳥もそれぞれに鳴き始め、時にはカワセミまでやってくる。夜になるとフクロウも鳴き始める。街中にある拙宅だが、こうした自然があることは本当にありがたい事なのだ。

ここに住んで20余年になるが、家内と末娘の3人でスーツケース3個、ブラジル Rio de Janeiro から引っ越してきたのがまるで夢のようでもある。隣との境界には幅3メートル程の遊歩道があり、これは市役所が管理している。この家を買うに当たり、その遊歩道を歩きながら不動産屋に連れられ物件を見に来たことを思い出す。
この歩道はマングロープまで緩い傾斜が続き、最後は幅1メートルほどの木で50メートルほどの階段が作ってあり、それを下りきって少し行くとマングロープに出る。この階段はマヌカ樹木が鬱蒼と茂り、木のトンネルのようで夏でも涼しい。真ん中程を下ったところ、何故か急に階段の幅が半分以上も狭くなっている。初めて来た時には、それが何故なのか全く分からなかった。まさか・・・ あんなつまらないちっぽけな木1本の為になどと、想像もできない事だった。
その後この家に住み、滅多に人が来ないこの遊歩道を使って風倒木を集め、薪ストーブの燃料調達に何度か来てやっと分かった。やっぱりあの階段が急にあんなに狭くなっているのは、あの1メートルにも満たない、名もなさそうな雑木を切らないための配慮であったのだった。容赦なく森林破壊をしてしまう要開発国の南米に長く暮らした私にはとても理解できない事で、それに気が付いたのは3年も4年も経った後であった。という事は、ニュージーランドの環境保護という考え方が理解できるまで数年もかかってしまったことになる。実に恥ずかしい限りだ。
くだらないちっぽけな雑木1本にも生命を感じ、労を惜しんでも殺してしまわないニュージーランド人の温かさを感じる。この雑木は、今は5メートルを遥かに超え立派に育っている。前にも書いたが、イギリス植民者によって自然林が破壊され牧場となってしまったことなどとは裏腹に、一方ではこうしたこともあるのだと・・・。今からその木の画像を撮ってくることにする。

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