干し肉の魅力
前回は自作の発酵食品について話した。塩蔵品も日持ちがするので、私のところでは良く作ることがある。これには時間と塩分濃度によって出来上がりが大きく違ってくる。
昔ブラジルの田舎を旅行していた時によく出くわした干し肉を作っている風景だ。学生で現地を訪れ、初めて見たときは「一体何が干してあるのだろう?」と不思議に思い近づいてみると、牛1頭の半分に近い枝肉がまるで竿竹に布団を干すように丸太にかけて何枚も干してある。当時は電気も通っていない村で、もちろん冷蔵庫もなく屠殺した肉を天日で乾燥し干し肉として出荷している風景が良く田舎で見られた。ぶ厚い肉をナイフで斜めに切り目を入れ、そこに岩塩を擦り込んで干すのだ。乾季に作った干し肉は最初は厚く重いが大量の塩によって水分が抜け落ち、強烈な太陽光線の下で最後にはカチカチの薄く干乾びた肉となり、それを近くの町に出荷する。製造初期段階の肉は遠くから見ると真っ黒に汚れ、布団が干してあるように見える。近くに行くと黒く見えるのは全部ハエがたかっているからだった。これを見たらとても食えたものではない。ところが何日も塩を擦り込みながら炎天下で干し続けると不思議とハエの卵が育たず結局ひからびてしまい、最後には出荷先の肉屋の軒先にぶら下げられて切り売りされる。これを買ってきて一回分の食事用にナイフで苦労して切り、水につけて充分に塩出しをして柔らかくなったものを薄く切って玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ・ニンニク・黒コショウと一緒に油で炒めたソテーは最高に旨いのである。製造工程を思い出すととても食べれないが、要するに父が昔よく言っていたように【旨いものに汚いものなし】とはまさにこの事なのだ。
ではどのように旨いのかという事だが、これは一口には言えず複雑で、干し肉の特殊な香りが漂いとにかく非常に旨いのである。製造から数カ月~1年もかかってできたものは、それこそマヌカハニーではないが完熟した旨さがある。高濃度塩分と強烈な太陽光線によって蛋白質が分解され、うまみ成分のアミノ酸が豊富であるからといった説明しかできないが、こんな旨いものはこの世にあまりないのではと思うほどである。ニュージーランドに移り住んでもこの味が忘れられず、肉屋や知り合いのハンターからもらったシカ肉で同じ方法でつくるが、これを食べると南米大陸が目の前に浮かび懐かしさがこみ上げるのである。因みに自分で作るときは網で囲ってハエはお断りである。マヌカハニーはこうして加工するといった楽しみがないし、それをする事自体、折角の生ハチミツの意味がなくなってしまう。やはり天然の完成された産物なのだろう。