養蜂場建設

そして、最も活性度の高い花蜜が採取できるモーラン博士の推奨する「インカナム種」と呼ばれるマヌカ樹木の自生林が群生する山岳地帯を物色して養蜂場建設に没頭した。ここの蜂場の敷地面積は125エーカー東京ドーム約11個分の広さがあり、周囲何十キロも山岳全体がマヌカ樹林だけで完全に覆われていた。ミツバチたちにとっては最高に環境が良く、舗装道路や牧場などからも遥か離れた、風の音とミツバチの羽音しか聞こえない、養蜂業には願ってもない環境であった。

しかし、それ故に蜂場建設当初は苦労した。雨季になると粘土質からなる山道がぬかるんで、オフロード用の四輪駆動車でもとても目的地に行けない。致し方なく行けるところまで行き、巣箱を肩に背負って往復6kmを何回も行き来するのが常だった。トレーラに巣箱を満載にした車両が路肩に滑り、車載のウィンチを頼りに道路にアンカーを打ち込み、僅かずつ前進するのがやっとでもあった。
丘陵の山道に、重量30kgほどある鉄製アンカーを打ち込み一体になった身体の近くには、時折、雷鳴がとどろき、周囲を見れば私より高いところがなく、実に不気味と言うか怖い経験もした。全身泥まみれで、街道筋のモーテルに泊めてもらいたくても断られることもあった。今でこそ何kmも大小の砂利を敷き詰め補修し、普通乗用車でも現場には行けるが、当時のことを思い出すとまるで夢のようである。

そして、この養蜂場は現在、他地域に複数ある蜂場でも、最も高活性度のマヌカハニーが採取可能な地域で、マヌカ樹木のインカナム種の故郷ともいうべきところである。古い樹齢のマヌカ樹を切り開いて蜂場を何カ所にも作るが、種が落ちてすぐ再生林化してしまうほどマヌカ樹にとっては恵まれた土地なのである。他の蜂場から持ってきた巣箱を設置するとすぐ、群勢が強くなり、巣箱の封を切った瞬間からミツバチたちは水を得た魚のように生き生きと上空を旋回する。その姿を見るたびにやはりここの土地を選んで良かったという思いがこみあげてくるのである。このように、本物のマヌカハニーの原点であるマヌカ花蜜産地、とりわけインカナム種は、人間が住めない程の厳しい環境でのみ生育するように思う。